Dr.John "Gris-Gris"
Dr.John "Gris-Gris" [ATCO 7567-80437-2]
1. Gris-Gris Gumbo Ya Ya (Dr.John)
2. Danse Kalinda Ba Doom (Harold Battiste,Jr.)
3. Mama Roux (Jesse Hill/Dr.John)
4. Danse Fambeaux (Dr.John)
5. Croker Courtbullion (Harold Battiste,Jr.)
6. Jump Sturdy (Dr.John)
7. I Walk On Guilded Splinters (Dr.John)
Mac Rebennack の,Dr.John としてのデビューアルバム。1968年のリリース。
'They call me Dr.John the night tripper.' と歌い出される冒頭の曲は,Dr.John 本人によると「幻想のニューオリンズを描き,我らが主役,ドクター・ジョンを前面に押し出した曲」。
Dr. John - Gris-Gris Gumbo Ya Ya @Youtube
http://www.youtube.com/watch?v=b4J8VrprrGE
Arranged and Produced by Harold Battiste というクレジットがあるけれども,怪しげな宗教のいかがわしい儀式で流されるような雰囲気の曲がほとんど。
「あるとき,ニューオリンズからの亡命者たちで結成された私たちのグループは,サニー・アンド・シェールとのコネを使って,LA のスタジオのあき時間を利用できるようになった。ハロルド・バティストはあいているスタジオで何曲か録音させてくれたし,サニー・アンド・シェールは,甘言を弄して私たちとアトランティックとの間にアルバム1枚分の契約を結んでくれた。もちろん,アトランティックのトップだったアーメット・アーティガンもジェリー・ウェクスラーも,私たちがどんなサウンドを作り出していたのかは知らないままだった。」(pp.222 『フードゥー・ムーンの下で』ドクター・ジョン,ジャック・ルメル 共著 森田義信 訳 ブルース・インターアクションズ 刊)
Ahmet Ertegun は録音されたレコードを聞いて,「なんでこんなクソみたいなレコードを作った? こんなどうしようもないブーガルー・アルバムを,どうやって売ったらいいっていうんだ?」(同書 p.247) と叫んだらしい。
同書には,Mac Rebennack が Dr.John というキャラクター「のことを真剣に考えるようになったのは,ラフカディオ・ハーン(小泉八雲) という19世紀の作家の文章を読んでからだった」ことや,「ドクター・ジョンにぴったりのキャラクターだと思っていた」 Ronnie Barron にドクター・ジョン役を断られたことなども書かれている。
このアルバムで演奏している「ニューオリンズからの亡命者たち」の中には,John Boudreax や Plas Johnson など,Sam Cooke のバックで演奏していたミュージシャンがいたし,ストーンズがカバーした 'Down Home Girl' のオリジナルを歌っていた Alvin Robinson や 'Let It Loose' のコーラスに参加していた Tami Lynn も含まれていた。
Dr.John 自身も Harold Batistte に誘われて Sam Cooke のセッションに参加する予定だったが,先にムショからお呼びがかかってしまいシャバに戻れたのは Sam が亡くなった後だった・・・というのは,有名な話。
当時,New Orleans から大量のミュージシャンが流出したのは,ジム・ギャリソンというケネディ暗殺事件の捜査を担当したことで有名な人物が New Orleans の地方検事になって(1962-),「ニューオリンズに存在したいわゆる腐敗というやつを一掃しようと」したから。
彼のおかげでクラブや売春宿のほとんどが閉鎖されたため,仕事が激減したミュージシャンたちは,職を求めて,New York, Chicago, Memphis, そして Los Angeles などに散っていったのだった。
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2013年3月1日 19時20分
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